帰宅する楽しみがある ふたりの世界観で満ちた家

楽ではないけれど、楽しい暮らし“てまひま暮らし”を実践している人を訪ねる企画「てまひま暮らし人」。第30回は、てまひま不動産の営業担当・武藤と設計担当・田中とともに東京都小平市にあるお宅を訪ねました。
大学生時代に出会い、卒業後は賃貸で15年間ともに暮らしてきたSさんとAさん。以前暮らしていた物件が老朽化したため住み替えることになり、西荻窪のてまひま不動産へ。駅近の3LDKリノベ済み物件を安く購入し、浮いた予算で部分リノベすることに。部屋の隅々までおふたりの「好き」で満たし、機能性にもこだわった住まいづくりの魅力に迫ります。
突然舞い降りた部分リノベのチャンス
武藤おじゃましま〜す! このカウンターテーブル、やっぱり素敵ですね。
Sさんいらっしゃい。カウンターに並んでご飯を食べるのがふたりの夢だったので、天板の造作をお願いして本当に良かったです。カウンターの高さに合う木のハイチェアも、あちこち探し回ってようやく見つけたんですよ。

Sさん(手前左)とAさん(手前右)、営業担当・武藤(奥左)、設計担当・田中(奥右)。キッチンは腰壁の頂部分に設置されていた笠木を撤去し、奥行きを広げた天板を新たに造作。

左)カウンターチェアは無垢のウォールナットとレッドオークの組み合わせ。右)アイアンハンガーパイプで天候や花粉を気にせず室内干し。カウンターのタイルや吊り照明は物件購入時に設えられていたもので、テレビボードもタイル柄を選び、空間に統一感を演出。
編集部床との相性もぴったりですね。ところで、おふたりは以前はどちらにお住まいだったんですか?
Sさん西荻窪の賃貸に15年ほど住んでいました。築60年の古い物件で、何度も水漏れなどのトラブルが発生していたことに加え、オーナーさんからも「老朽化で修繕しなければいけない」というお話もあり、そろそろ住み替えようかなと。
Aさんそんな状態だったので、私たちも2〜3年前から引っ越しは考えてはいたものの、西荻窪のまちに愛着もあったので、なんとなく先延ばしにしていたんですよね。でも、いざ住み替えるなら、次は長く住める家がいいなと、購入を検討し始めました。
編集部てまひま不動産のことはご存知だったんですか?
Sさん西荻窪の商店街に店舗があることは知っていましたが、お店に入る機会はなかったんです。そんなある日、暑さでまち歩きにも疲れた時に振り返ったら、ちょうどてまひま不動産があって。「あ、今なら」と思い立ったんです。その時に爽やかな笑顔で迎えてくれたのが、営業の武藤さん。最初は中古専門の不動産会社かと思ったら、話を聞いているうちに物件探しから設計、工事、引き渡しまでワンストップでサポートしてくれることを知り、頼もしさに惹かれてお願いすることにしたんです。
武藤初めておふたりにお会いして、まず、どんな住まいを求めていらっしゃるのかをお伺いするところからスタートしました。長く住むことを前提に比較的築年数の浅い物件であることと、それぞれの職場に通いやすいエリアであることをご希望でしたね。
Aさんそれまでの生活スタイルを崩したくなかったので、職場への距離を大きく変えないことはポイントでした。あとは、それぞれが使う部屋の面積が同じくらいであることが理想だったので、それが叶う間取りを重視していました。
武藤1ヶ月で15軒ほどご案内しました。条件はもちろん、物件に入った瞬間の「いいなぁ」というフィーリングも大切にしていただきたいと私は思っていて。そんな肌感のようなものの巡り合わせを大事にしてほしいと、おふたりにもお伝えしました。
Sさん武藤さんが寄り添ってくれたので、納得できる物件を探そうという気持ちになりましたね。今の物件と出会えた時は、もうビビっと来ました。
武藤リノベ済みの3LDKで、おふたりとも、部屋に入った瞬間にテンションが一気に上がったのが分かりました(笑)。
Sさんまず、玄関の照明から始まり、キッチンのタイルなど部屋全体の雰囲気がとても可愛かった。床も天然木から削り出されたチークの突板で、木が好きな私はもう一瞬で心を掴まれました。

アンティーク調のデザイン照明が似合う空間に惹かれたふたり。「いいなぁ」という直感を大事にするのが営業の武藤のポリシー。

部屋だけでなく廊下も快適な室温にしたいというご希望のもと、玄関まで空調が届くように、リビングドアをなくした間取りにアレンジ。
Aさんサービスルームを含めた3LDKだったのですが、このサービスルームの存在がゆえに、残りの2部屋が小さくなってしまっていたんです。でも、まあ、このサービスルームは共有の収納などにすれば活用できるかな、と話していました。決め手は駅から徒歩1分という距離。 見に来た日も真夏で、やっぱりさまざまな天候のなかで、近さは魅力だなって実感したんですよね。
Sさん最初は駅から徒歩10分までは余裕だと思っていたけど、夏だからこそ気づけたポイントですね。
編集部最初から部分リノベも視野に考えられていたんですか?
Sさん実は、最初はまったく考えていなかったんです。でも、この物件は最寄りの駅が単線という理由で想定していた予算よりも1,000万円も抑えて購入できた。そこで、武藤さんから「浮いた費用でお部屋をリノベーションできますよ」とご提案をいただいて、「リノベーションできるなら、私たちとして優先順位の高い、もっと広く面積が均等な2部屋をつくるということも叶えられる。自分たちの理想の空間を実現できる」と思ったんです。その瞬間、夢が広がり、購入を決断しました。

間取り図のビフォーアフター。サービスルームを含めた3部屋を面積が均等な2部屋に変更。
色彩とアーチで描く映画の世界
編集部デザインプランニングはどのように進めていったんですか?
田中打ち合わせは2〜3週間に1回のペースで行いました。まずは機能面のヒアリングから。例えば、収納の容量やベッドの位置、デスクの配置など、おふたりがどんなふうに空間を使いたいのかを丁寧に聞き取り、レイアウトを落とし込む。「3つの部屋を同じ広さの2部屋に変更したい」というのがまずあったので、図面上で面積を計算し、均等になるように設計しました。最後に空間の印象を決定づける壁の色を選んでいくのですが、ここがおふたりの好みがガラっと分かれるところでしたね。

Aさんの部屋は動かせないパイプスペースの両側にアーチを設けた。デザインと機能を両立させたアイデア。床は壁の色とのコントラストが楽しめるウォールナットの突板。
編集部Aさんのお部屋はスペースごとに壁の色や照明が違って、まるで海外映画のセットのような空間ですね。
Aさん私の部屋は北側で自然光が入りづらいこともあり、それを逆手にとって照明や壁の色にこだわって好きな映画の世界観を再現することにしました。参考にしたのは、ウェス・アンダーソン監督の『グランド・ブダペスト・ホテル』と『フレンチ・ディスパッチ』。前者は架空の東欧のホテルを舞台に、後者はフランスの雑誌編集部を舞台にした作品で、パステルカラーを基調とした明るいビジュアルやシンメトリーな構図が特徴なんです。
田中Aさんからデザインの参考にと送っていただいた画像のなかで、くすみのない淡いトーンの色彩と、アーチなどの曲線が印象的だったんです。
Aさんウェス・アンダーソン監督の作品に出てきそうな風景写真を集めた展覧会に行った時、セクションごとにパステルカラーで彩られていたのが印象に残っていて。アーチも建築的な要素として作品のなかで何度も登場するので、おしゃれだなと憧れていたんです。
田中実はこのお部屋、中心にエアコンの配管を収納しているパイプスペースがあるんです。これはリノベでも動かせないので「アーチをふたつ設け、寝室と収納として使い分けるのはどうですか?」と、ご提案しました。

左のアーチにはハンガーパイプを設置し、日常の服をさっと手に取れる便利な収納スペースに。右のアーチには、奥行きを活かして寝室とクローゼットを配置。2つのアーチ内の空間にはそれぞれ異なる壁の色を採用した。
Aさん偶然にも、シンメトリーな構図は監督のトレードマーク。結果として、より一層映画の世界観に引き込まれる空間になりました。あと、エアコンの設置場所もできるだけ目立たせたくなくて相談したところ、田中さんがナイスなアイデアを提案してくれたんです。
編集部あれ、そういえば全然見あたりませんね。
田中もともとエアコンはアーチの壁面についていたのですが、、それだと正面から見えてしまって、せっかくつくり上げた世界観を台無しにしかねない。施工業者とも相談し、パイプスペースに近い範囲なら位置を調整できることが判明したので、向きを90度変えて、右側のアーチ裏に隠すことにしました。パイプスペース自体は動かせなくても、家電の配置を工夫できるのはリノベならではの強みですね。
Aさんそんな方法があるなんて!と、驚きでしたね。

左)エアコンは右側のアーチの壁の裏に配置し、雰囲気の邪魔にならないスッキリとした仕上がりに。右)ベッドの部屋の中にあるオープンクローゼットは、ハンガーパイプを上下段2本ずつを設置し、収納力も確保。

寝室側のアーチの内側にも「いちご泥棒」の壁紙を採用。「朝起きてこの壁紙を見ると気分が上がるんです」と嬉しそうなAさん。こちらはSさんのアイデア。

クローゼットのレースカーテンも「いちご泥棒」をセレクトして、一貫して大好きな世界観に。
編集部大胆な色使いに挑戦するうえで、悩まれたポイントはありましたか?
Aさん壁の色の濃さは、最後の最後まで悩みましたね……。照明に灯りが付くまでどんな雰囲気になるのか予測しきれなくて、田中さんに相談しながら調整を重ねました。大胆なこともチャレンジもできるのがリノベの良さですよね。いざ完成してみると、もう大満足。照明の数が多すぎるかもしれないと心配していたけど、結果的にはちょうど良く、これで正解だった。好きなものに囲まれた空間って、幸せになれますね。

漫画のカラー扉絵は、Aさんが原作者の展覧会で原画を見てひと目惚れし、迷わず購入した複製画。その絵が映えるようにと壁紙はパステルイエローをセレクト。
素材と機能を優先し、シンプルに仕上げる
編集部一方、Sさんのお部屋は落ち着いた雰囲気が印象的ですね。デザインは何を重視して進められたんですか?
Sさん私はなるべく削ぎ落としたシンプルな空間にしたかったので、まずは収納スペースの確保からお願いしました。クローゼットは前の家から持参した3つの本棚が余裕で収まる大きさにし、部屋にはできるだけ物を置かず、床の木材の質感や温かみを感じられる空間にしたいなと。

Sさんの部屋は日当たりの良い南向き。右側のアクセントクロスは床や家具との調和を大切にしながら落ち着きのあるグレージュをセレクト。

収納スペースをしっかり確保し、部屋には必要最小限のものだけを置く。無駄のないスッキリとした空間。
田中床は天然木から削り出した薄い突板で、おふたりともウォールナットを使っています。壁はすべて真っ白にするのではなく、落ち着いた雰囲気を加えるためにアクセントクロスを1箇所だけ取り入れたんですよね。
Sさん家具とのバランスを考えて慎重に選びました。もうひとつのこだわりが、2箇所に設置したウォールシェルフ。ベッド側の壁には、高校時代の美術の恩師が描いた絵を飾るため、額縁に合わせてウォールナットを。反対側には、本や雑貨を並べる場所として、グレージュの壁紙に調和するように明るめのハニーを選びました。

収納力を最優先に考えたSさん。右奥に設けたウォークインクローゼットは本棚が3つ収まるほどの広さ。空間をすっきり見せる工夫が詰まっている。

ウォールシェルフは設置する壁の色やインテリアに合わせて色味を変更。それぞれのカラーが空間に自然と溶け込み、落ち着きのあるアクセントとして機能。

Sさんの部屋に設置されている物干しワイヤー。必要な時にサッとワイヤーを引き出せる実用性の高さが魅力。部屋の景観を損なわず、スマートに室内干しができる便利アイテム。
Aさんひとりで決めようとすると、だんだん分からなくなることも多いけれど、「こっちの方がいいかな?」って相談しながら選ぶ過程が楽しかったし、お互いの視点を取り入れることで、より納得のいく空間になりました。
田中おふたりに共通しているのが照明へのこだわりですよね。ちなみに、天井に直付けするシーリング照明は、ソケットのサイズが合わないと設置はできてもカバーから電源がはみ出して不恰好になってしまうんです。設置予定の照明すべてのソケット直径を1つずつ確認し、カバー内にきちんと収まるように調整しました。細かな部分ですが、見た目の美しさを損なわないための大事なポイントです。

それぞれの部屋のあちこちに点在している美しいデザインの照明は、ふたりが実際に店舗まで足を運び、じっくり選び抜いたもの。
Sさん武藤さんと田中さん、照明の設置まで手伝ってくれたんですよ。とんでもない量だったので、一緒に作業してもらえて本当に助かりました。「可愛い」と選んだものの、どれも意外とパーツが多くて設置が大変で。結局、作業に3〜4時間くらいかかりましたね。おふたりがいなかったら、どうなっていたことやら……。
田中引渡し後にご自身で設置する予定と聞いていたのですが、私たちもちょうど時間があったので、「それなら一緒にやりましょう!」と。
Aさんありがとうございます。あの1日で、あらゆる照明器具の設置方法を網羅しました(笑)。
自然と気持ちが切り替わる場所
田中そうそう、私が一番印象的だったのが、おふたりの部屋割りの決め方ですね。
編集部希望が重なると決めづらいですよね。最後はもう、じゃんけんとか?
Sさんじゃんけんだと、どうしても勝ち負けが出てしまうのが気になって。悩んだ末に、武藤さんに部屋割りを書いた紙を両手で握ってもらい、「右か左か?」と選ぶ形で決めました。これなら運任せで、公平に決められるかなと。
編集部なんて可愛い決め方……! ここまでこだわりの詰まったお部屋ができたら、ずっと部屋の中に籠っていたくなっちゃいそうですね。
Sさん最初はそう思っていたんですけど、実はまだちゃんと満喫できていなくて(笑)。気がつけば、ずっとカウンターにいるんです。
Aさん居心地が良いんですよね。前に住んでいた賃貸ではダイニングスペースがなくて、どちらかの部屋で食べることが多かったのが、今はご飯を食べる場所がちゃんとある。これまで長く同じ家に暮らしていて生活が雑になっていた部分もあったけれど、引っ越してからは、自然と気持ちが切り替わるようになりました。
Sさんできるだけ食器を早く洗おうとかね。
Aさんお風呂をちゃんと溜めて湯船に浸かるのもね。それで、やっと自分の部屋に戻ると「いいなぁ」って毎日眺めてしまう。幸せな日々ですね。
Sさん家で過ごす時間が、何よりの癒しになりました。毎日帰るのが楽しみです。今は、もっとリビングを快適にするためにどうしようかなと考えているところ。ふたりでゆっくり話しながら、少しずつ育てていきたいですね。

お互いの手料理でお気に入りなのは、手羽大根とハンバーグ。「カウンターに並んで、おいしいものを食べる何気ない時間が一番幸せ」と笑顔が溢れる。
どんなに仕事で疲れた日も、一緒に並んでご飯を食べるカウンターと、それぞれの世界観を形にした理想の空間が待っていると思うと、家路への足取りも軽くなる。部分リノベで心地よく暮らせる場所を手に入れたおふたりの、これからのさらなるこだわりと空間づくりも楽しみです。
企画:株式会社リブラン
編集・文: tarakusa
写真:丹野雄二(提供写真以外)